2006-01-10 CMS,秘神 [長年日記]
■コンテンツ,メタコンテンツ,メディア
「メタ」って何だろう? と考えるとすぐに頭に浮かぶのは、押井守監督の映画「トーキングヘッド」の台詞。
語られた映画とは実は常に映画の記憶のことでしかない
指し示すことはおろか引用すら出来ず
語ろうとする時には呈示することも不可能で
しかも他者との共時的体験すらない個的な経験
それが映画を観るという行為の実相だ
人は自分が観たものを言葉で表すことは出来ない
観るということと観たことを言葉で表すということの間には
結局は何の関係もないんだから
映画を観ること
観たこと
観た映画について語ること
そして映画を観ることについて語ること
これらの行為の間にはいかなる共通項も存在しないし
複数の人間の間に於いてはもちろん
同一の個人にとっても一本の映画が同じ体験として我々の前に立ち現われることは
テキストとしてのフィルムが単一の存在であるという幻想を前提としてしか……ありえない
■気合い入ってるなぁ AA
上部に参考がでていた。
今回の件はどう見ても、楽天のポイントシステムのミスだが、虚偽のアカウント登録は規約で禁止されている。
#探偵ファイル/スパイ日記
虚偽のアカウント登録は規約で禁止されている、ってとこがミソだな。
■より良いCMSを作る
ふむ。ほぼ1年前に書かれた文章か。
自分が考えていたことが、すでに文章という形で世に存在する、というのは嬉しいことでもあり、ちょっとくやしいことでもあるのだなぁ、と思った。
ものすごく共感した(というのはつまり、いずれは自分の言葉で書きたかったことでもあるわけだ……)のは2つ。
システムを使い始めて最初の数分のうちにうまくいっているという感覚を得たいのだ。
そう。最初の数分が、そのCMSの印象(論理的な評価ではなくて、感覚的な評価)を決める*1。
その点ではXOOPSはひどかった。Drupalは「ページとストーリーってどう使い分けるの?」だった。Joomlaは「ずいぶんとリッチコンテンツな編集画面だな」だった。
そして使わなくなってしまえば、その印象だけが残ってしまう。
一般公開するウェブサイトのユーザに、その CMS にログインする手段を決して、決して見せるべきではない。
XOOPSやDrupalで気になったことだ。その通りだと思う。
はどうしたか?
- ユーザログインや作成のためのブロックを消した。
- ところが、それだと編集のためのユーザでログインした状態でも、編集のためのメニューが消えてしまう(なにそれ? と思った)。
- そのブロックはユーザごとに表示/非表示を決める設定にして、管理者とコンテンツ編集者のみで表示するようにした。
- それだけではURLハックで簡単にユーザ作成ができてしまうので、作成したユーザにデフォルトで与えられる権限を弱めた。つまりゲストと同じ権限にしてしまった。
- コンテンツ編集者という権限を作って、自分のログインIDをそこに引き上げた。
てなわけだ。
あとは「コラム」は「カラム」にした方がいいよな、と思ったが些細な話。
■秘神
日本の作家によるCthulhu mythosのアンソロジー。
井上雅彦の「碧の血(あおのしるし)」が圧倒的だった。
残虐な描写,奇怪な描写が強く出ているにもかかわらず、圧倒的なまでに綺麗な雰囲気を残す。作者が得意とするロマンティシズムという素地があるからか(素地と言っているのは、他の緒作品を読んでいるという事実のこと)。
そんな奇麗なヴィジュアル性が、Cthulhuものらしからぬ印象を与える点がある意味ではマイナスではある。
だけど、それは読み終えて冷静になってから考えたことであって、読んでいる間はかなりのめり込んだ。
久々に、井上雅彦の——いや、言葉の力に圧倒された。
刷数が少ないだろうし、増刷の期待もかけられないし、入手しにくいというのは実に残念である。
そうそう。
これは、
中の、印象の強さという点ではトップレベルに位置する、田中啓文の「新鮮なニグ・ジュギベ・グァのソテー。キウイソース掛け」からの拝借か。
■親指シフト〜
と叫んでみる。
It will be an open-source keyboard, SDK will be available.
オープンソース……使い方、ちょっと間違ってないか?
It will most likely use the OLED technology (e-paper is sooo slow).
わはははは。
There’s no snow in Moscow in summer.
Frequently Answered……なんだろうな。
まぁ……、API公開されたら、だろうな。
*1 別にCMSに限らないって?