2007-03-12 [長年日記]
■集団痴
タイトルは語呂合わせなので気分を害されませぬ様に。
通例、"集団浅慮"という語が使われる様だ。
例えば。
複数人でおしゃべりしながら道を歩いている。
横断歩道。歩行者信号。
誰も赤信号だと気づかずに一歩踏み出してしまう。
車の流れに気がつき、慌てて戻る。
「他の誰かが信号を見ているだろう」という根拠の無い思いこみ。
「他の誰か」がいることによる思考停止。
例えば。
3〜4人で話をしている。
何か話を振ると、1〜2人が応じてくれる。
その時点で多数は、もしくは過半数。
話題に積極的に加わらない人も、まぁ、おとなしく聞いている。
ひとしきりその話題で盛り上がる。
そのうち別の話になる、もしくは取り残されている人に気を遣って別の話を振る。
ところが。
人数が多くなるとどうなるか。
少し"とんがった"話題を振って、他の1〜2人が応じてくれたとする。でも少数派。
残りの人を無視して、少ない人数で話を始めるか?
しない。
結果、当たり障りのない、大多数が加わることができる――けれども凡庸だったり内容が無かったりする――話題になる。
■集団知の逆を行く「他ユーザーの設定による回答拒否」というはてなの機能
集団知(Wisdom of Crowds)に関して書かれたごく初期のエントリを見る。
本書の主張は、ひとことでいえば、「適切な状況の下では、人々の集団は、その中で最も優れた個人よりも優れた判断を下すことができる」ということである。適切な条件とは、
H-Yamaguchi.net: The Wisdom of Crowds: Why the Many Are Smarter Than the Few and How Collective Wisdom Shapes Business,Economies, Societies and Nations
(1) 意見の多様性
(2) 各メンバーの独立性
(3) 分散化
(4) 意見集約のための優れたシステム
であり、
はてなにて、このたび動き始めた*1「他ユーザーの設定による回答拒否」は(1)(2)(4)の点で逆をいく。
- 投票システムと見なした時に、投票できるのは「回避拒否」の票だけであるので意見の多様性はない。
- 他ユーザの回避拒否設定を、吟味なしに自分の質問に適用するのはメンバーの独立性とは反対の方向だろう。
- (分散化については原著を読んでいない私では、誤解をしそうなのでコメントしない)
- 自分を拒否している人が誰なのかが判らない。自分を拒否している人が、いったん拒否の票を投じたあとで自分のその後の回答、それ以外の回答見て票を取り下げるとは思えない。同じ人を拒否している人の間にもつながりがない。
から辿れるページをざっと見たが、こういう視点から書いているものが無かったので。
■トラックバックした先で文字化けしてる〜
知らないうちにRubyのiconvモジュールが入った(のではないかと思うが確認してない)のが影響しているか?
あとで調べなきゃ。
*1 今まで"動いてなかった"ことについてとやかくいうつもりは無いので、こんな表現。