2007-03-10 [長年日記]
■16歳のセアラガ挑んだ世界最強の暗号
読了。楽しんで読めた。
まず、残念ながら、ちょっとタイトルが悪い。
"挑んだ"が曖昧だし、語感も内容にそぐわない。
世界最強の暗号、とはRSA公開鍵暗号だ。知らなくても構わない。これまでの数十年に渡って暗号の中心的な存在であり続けた、偉大なものだということだけ分かればいい。
セアラは"RSA公開鍵暗号"に挑んだ。とはいってもそれの"抜け道"を探したとかそういうわけではない。
"RSA公開鍵暗号"に代わる暗号を考察し、まとめあげ、発表する。
そんな意味だ。
それが真に"RSA公開鍵暗号"と同じぐらい素晴らしいのかと問われれば、それを証明するには数十年に渡ってあらゆる検証をパスする必要がある、ということになる。
彼女は聡明にもそのことを――"世界最強の暗号に挑む"のがどういうことかを――正しく認識している。
読めば分かるのだが、タイトルからはどうもそのへんで誤解を生むような気がする。
また、この本は実は"数学"を楽しんだ少女の記録だ。
それもタイトルから判りづらい。
"暗号"が"数学"と密接な関係がある――というか現代では不可分であるということを知っている人ならいいが、そうでなければどうなるか。
そう。これは数学にまつわる本だ。数学の世界に飛び込んで、奮闘して、"RSAのR"と話をすることができた――そしてそのことに価値を見いだすことのできる――そんな少女の、数年にわたる日記。
各章のタイトルを挙げよう。
1 子ども時代
2 数学の旅
3 大事なのは残りもの
4 「法」の計算
5 一方通行
6 コンテスト
7 数学のあと、コンテストの余波(「数学のあと」に「アフター・マス」、余波に「アフターマス」のルビ)
3章、4章は数学そのものの話だ。興味のない人が読むにはつらいだろう。
ただ、「数学の理解」にはいくつかのステップがあることを知ってほしい。
この定理の証明は全く理解できない。けれど、それがどれほどに素晴らしいことを保証してくれるのか! それを考えるとワクワクする! というようなことがある。
この本で扱うのは、そのような数学だ。事実セアラは、学校の授業で言うなら行列すら勉強していない。そんなステップにいたぐらいだ(6章になって行列の理解を始めている)。
1章は彼女の生い立ちがざっと書かれているが、ここで退屈させるようなことはしない。いくつかの基本的な、あるいは本質に至る内容の、パズルを提示する。
それが楽しい(あ、もしかしてこの時点で読む人が篩い落とされるのだろうか?)。
で2つほど引用した。
第2章、第5章はコンテストへの参加を決意した彼女が、いきいきとして取り組む様を書く。
第6章でコンテストの結果が、そして、タイムズ、ロイターでニュースが発信されたことに端を発する狂乱の(?)日々が第7章で書かれる。
とにかく彼女の数学に対する姿勢が心地よい。
かくありたい。
能力や成果のことではない。
楽しいと思う知的好奇心。真摯な態度。自分が何を知っていて何を知らないかを知ること。
そういうことだ。
この本が書かれた時期は、今となってはちょっとした"過去の話"だ。
いくつかの記述は今ではもう古い(聡明な彼女は"現時点では"という但し書きを正しく使っている)。
数学への旅として読んでもいい。
ある少女の体験記として読んでもいい。
どちらにしても上等の本だ。
*1 今日時点での話。