2007-12-08 [長年日記]
■テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか 読了
ローカル局がキー局の番組を放送すると、ローカル局がキー局から金をもらう、ってのは知らなかったなぁ……。
正確には「インターネットが嫌いな理由」じゃないのではないかと。
「テレビ局が作り上げてきたお金を儲けるためのシステム」とインターネットが相容れない、ってだけのことかなぁ。
追記
p13 序章
そもそも公共の電波を使って私的に稼ぐことこそが、放送ビジネスの本質だ。しかし、世間は否定的にとらえる。テレビ局の業績が好調であればあるほど、世間からは
「電波という既得権益にあぐらをかいて、おいしい思いをしている」
といった、羨望とやっかみの入り交じった批判の対象となる。そんな状況でテレビ局は、
「実はこんなに素晴らしいテレビビジネスの仕組みがあって、それを守るためにインターネット事業には本腰を入れられないんです」
などとは決して言えない。
(略)
決まってテレビ業界のお偉方が表れて、
「東京のテレビ番組がインターネットを通じて全国で見られるようになると、地方テレビ局の番組が見られなくなって、地域文化の発展に貢献できなくなる」
(略)
などと、ていの良い説明を始める。
こんな風に「文化貢献」やら「社会的使命」を強調するわりには、富の象徴の様な社屋を建てたりするものだから、テレビ業界は周囲から胡散臭くみられてしまう。
というのが序文で象徴的なところ。
「実はこんなに素晴らしいテレビビジネスの仕組みがあって、それを守るためにインターネット事業には本腰を入れられないんです」
などとは決して言えない、という件りが可笑しい。
2章で明らかにされるが、東京のつまりはキー局のテレビ番組を地方局が流すと、キー局から地方局にお金が流れる。電波料と言うらしい。
つまり、地方局は「キー局のテレビ番組をただ流す方が儲かる」わけ。ただし、そのためには「報道番組にあたって中継の役割を果たさなければならない」という協定や、まぁ当たり前だけど「他のキー局の番組は(あまり)流さない」とかいうしばりがあったり。そしておそるべきことに電波料には明確な基準がないのだそうだ。
p66
あるときキー局の幹部に取材していると、
「地方局が勝手なことをやったら、電波料を減らすだけですよ」
などと思わず漏らしていたが、こんな言葉を地方局の経営者が聞いたらきっと顔面蒼白になるだろう。
ここでテレビがインターネットを嫌う(というか親しくできない)理由がある。
「東京のテレビ番組がインターネットを通じて全国で見られるようになると、地方テレビ局の番組が見られなくなって、地域文化の発展に貢献できなくなる」
といういいわけは、言葉を変えると「東京のテレビ番組がインターネットを通じて全国で見られるようになると、地方テレビ局を切り捨てるのと同じ」ということになる。
当然、それはできない。地方で番組を流すのに、キー局側がお金を払ってでもするのはそうする理由が――つまりはそれでも十分な利益があがってくるからだ。
地方局を切り捨てて、その利益を手放して、インターネットで流す理由がない。
というのが2章の内容。
ここが大層面白かった。