過去の日記

2012-05-16 [長年日記]

海が呑む [book]

海が呑む 3.11東日本大震災までの日本の津波の記憶

  • 作者: 花輪莞爾,山浦玄嗣
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売: 2011-12-01
  • ASIN: 4794967721
  • メディア: 単行本
  • amazon.co.jp詳細へ

この連作の存在を私は以前から知っていた。
とあるアンソロジーに1編が収録されていたからだ。もちろん読了している。
この連作を思い出したのは、東日本大震災後に本屋で平置きされている文庫を見かけたときだった。
「そうだ、この人はずっと前から津波の話を採集していたんだった」と思い出した。が、その時点では"この話"を読む気にはなれなかった。
(と記憶しているが、残念ながら記録していない。勘違いかもしれない。)

時間が経ち、何かの折りに冒頭の本が出版されていることを知った。
読もうと思った。

最初に困惑したのは、収録作の「海が呑む(I)」は確かに読んでいるはずのなのに、文章を読んでも全く記憶がないことだった。
読んだ本を取り出してきてみると、果たして全然違う文章であった。
初出を照らし合わせて分かったのは、いつの間にか改題されているという事実。
初出「物いわぬ海」が「海が呑む(I)」に、「海が呑む(I)」が「海が呑む(II)」に、「海が呑む(II)」が「海が呑む(III)」になっていた。

紛らわしい!!

せめて数字の表記が変わっていればもう少し分かりやすかったのに、と思ったのだが。とにかく改題を尊重して最新の書籍のタイトルに寄せて書くことにする。


「海が呑む(I)」は初出1982年(昭和57年)。三陸地方を襲った大津波に関するもの。
明治29年と昭和8年の三陸沖地震(それぞれ明治三陸地震、昭和三陸地震と呼ばれる)と、昭和35年のチリ地震による津波である。

読んで驚くのは、口伝や文献で伝わったり筆者自身によって取材された"津波の描写"を読むと、去年の3月13日以降にテレビやネットで見た映像群が容易に想起されること。
あるいは、直截に言うと「あの映像をそのまま文にしたらこうなるだろうな」と感じてしまう。
もちろんこれは順序が逆で、あの映像を見た後に読んでいるからこそなのだけどそれでもなお、"津波の描写"がここまで生々しく伝えられているということが驚きだった。

一般の人にも映像を記録する手段が行き渡っていたおかげで、今回の災害では多くの状況が映像として残った。
それらはずっと残していかなければならないだろう。


「海が呑む(II)」は初出1984年(昭和59年)。
日本海中部地震の津波が主な内容。
他に国語の教科書に載っていた、安政東海地震、安政南海地震の際の出来事にまつわる話(昭和12年の国語の教科書からの転載あり)。
そして、筆者がなぜ津波の話に関わるのか? ということに関する物語。この部分が「物語(を書く者)の物語」となっているためアンソロジー「物語の魔の物語」に収録された。
以前に読んだ時の記憶を探ってみると、アンソロジーの主眼である「物語の物語」の部分ではなくて、日本海中部地震に関する記録・取材に関する部分の方がはるかに印象が強い。


「海が呑む(III)」は初出1985年(昭和60年)。
安政東海地震、安政南海地震の話と、筆者が現地に赴いた際の話。


「奥尻島悲歌」は初出2000年。
タイトルの通り北海道南西沖地震の際の奥尻島での話と、やはり筆者が現地に赴いた際の話。


「3・11巨大地震津波体験記」は寄稿による。
大船渡市在住の医師の手によるもの。気仙沼方言の研究もしていらっしゃるとのことで、方言の採録が生々しい雰囲気を出している。
そして、やはりこれもまた「物語の物語」、"三陸沿岸という土地に刻まれた津波の記憶"という物語だった。

p92〜93

やがて各新聞社・雑誌社から、私のところに取材が押しかけるようになった。その判で押したように一様な質問は、予想もしなかったものだった。
「被災者の皆さんは、きっと『どうして自分たちはこんなひどい目に遭わなければならないのか(略)』という疑問を持っているに違いない。(略)どうして善良な人々がひどい目に遭わなければならないのか。(略)」
(略)
実は気づいていたことがある。生死も知れぬ大災害のなか、「なぜ俺たちはこんな目に遭うのか」という恨み言を、実は一度も聞いたことがない。
(略)
そこで考えた。なぜ都会から来る人々は口を揃えて、こんな質問をするのだろう。われわれが夢にも思っていないことを、なぜこうもしつこく尋ねるのだろう。

このあと「かくも厳しい三陸という土地でなぜ我々は生活しているのか?」という問いへの考察へと続いてゆく。
ここに至って、この文章は単純な体験記から遠く離れていく。
その部分が花輪莞爾の手による前の4編と通底する。
この寄稿は確かにこの本に収められるべきだと、そう思った。


以上収録作のうち前の4編は、

悪夢百一夜

  • 作者: 花輪 莞爾
  • 出版社/メーカー: ウチヤマ出版印刷
  • 発売: 2006-01
  • ASIN: 4903391000
  • メディア: 単行本
  • amazon.co.jp詳細へ

にも収録されていた。
加筆修正や改題が、その時点で行われたものかどうかは不明。


追記
大阪府立図書館のWeb検索で「悪夢百一夜」の内容細目が確認できた。
13番目(第十三夜)が「物いわぬ海」ではなくて「海が呑む」になっている。
「悪夢五十一夜」には「物いわぬ海」として収録されているので、「悪夢百一夜」刊行時に改題したんだろうなぁ。