過去の日記

2010-09-13 [長年日記]

洋梨形の男, 成立しないヴァリエーション [novel]

読んだ本について書くのはずいぶんと久しぶりな気がする。
そのぐらいの衝撃だった。

「成立しないヴァリエーション」
一級のチェス小説。
そして時間SFの短編として白眉。
チェスは物語の題材であると同時に、時間SFの構造のメタファでもある。
変 化 手 順ヴァリエーション
"変化手順"という言葉は、おそらくは将棋からの借用だろう。チェスならば訳さずともヴァリエーションで通じるはず。
"成立しないヴァリエーション"は、つまり勝ち筋の無い局面。そこから先、どのように変化しようとも(相手の適切な応手があれば)勝ちメイトが現れることはない。
小説内で進む──正しくは、進んでは必ず"ある局面"に戻ってくるチェスのゲームが、そのまま小説の構造と登場人物たちの構造を示している様だった。

この小説自体が美しいチェスの棋譜を見ている様な(と言っても私にはチェスの棋譜の善し悪しなど分からないけど)、そんな深く静かな感動を覚えた。
何の変哲もない一手が、ずっと後になって妙手へと転じる様な、見事な技巧もある。


洋梨形の男 (奇想コレクション)

  • 作者: ジョージ・R・R・マーティン
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売: 2009-09-15
  • ASIN: 4309622046
  • メディア: 単行本
  • amazon.co.jp詳細へ


他の収録作品も絶品。

「モンキー療法」ダイエットにまつわるホラー。というよりは、奇妙な物語といった風。

「思い出のメロディー」古い友人が突然尋ねてきたことが恐怖の始まりだった、という怪談。こういう怪談あるよね、という感じだがそれらの原 型アーキタイプなんじゃなかろうかと思うほどの雰囲気がある。

「子どもたちの肖像」田舎に一人でひっそりと暮らす作家の内面を、じわじわとあぶり出していく幻想譚。この作品はオチがはっきりとしない。リドルストーリーの様ですらある。

「終業時間」バカSF。なんだけど、SF作品に出てくるガジェットのいいかげんさを皮肉っているのか、とか思う。

そして表題作「洋梨形の男」まさにホラー。読み終わった時にあまりにもありがちなオチで逆にほっとしてしまったほど、読んでいる最中には肌にまとわりつくようなおぞましさを文章から受けてしまった。同じモチーフ、構造のホラー短編は数あれど、ここまでの完成度と恐怖は滅多にない。


総じて、オチがすばらしい!! というタイプじゃなくて、文章の力でじわじわと雰囲気を醸していって読者を絡め取るというタイプではないかと。